沖縄→∞。

<   2004年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧

久米島に行ってきた3畳石編

 久米島と言えば、やっぱり「畳石」と「はての浜」は観光には欠かせないんですよね。何であんな大きな石が、誰かが細工したかのような六角形をしてるんだろうと考えながら、大自然の大きさの前にただただ圧倒されます。
a0007869_2161559.jpg


んで4年ぶりに畳石を見に行ったら、「あれれ?」
なんか畳石小さくなってません?それとも潮が満ちているから?
a0007869_2195275.jpg

[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-26 02:21 | 沖縄の風景

燃える!お兄さん-用務員はバカジャンプ回収事件

 最近、脳が夏ばてを起こして、ブログの話が飛び散らかって収拾付かなくなってきてます。すみません。この話は7月に1度書いたんだけど、自主規制して消してしまったネタです。

 えと、大学の教職科目で教育学部の1年生と並んで授業を受けてたんだけど、その中で学校の『用務員』について取り上げた講義があったわけです。確か授業では、用務員の人も学校の先生と協力して生徒と接しており、学校運営には欠かせない存在なんだよ、みたいな感じだったんですが、オイラは可笑しくて仕方ありませんでした。

 話は今をさかのぼること15年、当時週刊少年ジャンプに「燃える!お兄さん」という漫画が連載されていました。お兄さんことケンイチ君は、ひょんなことから人里離れた山の中で幼少期を送ってしまった常識のかけらのない少年で、そんなケンイチ君が学校や家で引き起こす大事件を描いた学園コメディーで、おにーさんを矯正させようとする早見先生との戦いの歴史でもありました。小学3年生の頃、とっても好きな漫画でした。週刊少年ジャンプ90年第45号に掲載された「燃える!お兄さん」サイボーグ用務員さんの巻で、おにーさんが、ひょんな理由から早見先生が突然用務員になってしまい、用務員は先生じゃなくてただのおっさんだから何やってもいいとして、用務員になった早見先生を罵倒するシーンがあったのだ。


この後おにーさんは、「なに言ってるのだバカ!おっさんはもう先生じゃないのだ先生じゃなきゃただの人だからなにを言ってもかまわないのだ」と暴言を吐いていたのだ。この号のジャンプが発売されるや否や、用務員を父親に持つ子供が学校でいじめられた、などの抗議がPTAや人権団体などから殺到。ジャンプ回収騒ぎに発展した。確か買ったジャンプを送り返すとボールペンがもらえたような気がしたけど、オイラは大事にとっておいて、いつの間にかママンに捨てられた。

 この事件のインパクトがあまりにも強烈だったから、教授が真剣になって用務員の重要性を説いている姿が可笑しくて可笑しくてしょうがなかった。でも今の1年生は、この事件当時まだ幼稚園児だもん、わからんよなー。あの講義の時、教室で笑いをこらえていたのは俺だけ?それにしても最近の出版物は自主規制のオンパレード&過去に出版された作品まで手直ししちゃうし自由な言論はないよね。もちろん、差別はいかんけど。

参考サイト
燃えるお兄さん!~日本一強烈な少年漫画~
燃える!お兄さん☆サイボーグ用務員さんの巻
思い出の週刊少年ジャンプ
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-21 22:04 | 日々記

久米島に行ってきた2比屋定バンタ編

 19日のエントリーから見てね。
 バンタとは、沖縄の言葉で「崖」とか「断崖絶壁」になっているところで、風光明媚なところが多く、よく沖縄観光ガイドブックみたいなのにも取り上げられています。本島最北端国頭村宜名真の「茅打ちバンタ」と、今回行った久米島「比屋定バンタ」は特に有名で、勝手に沖縄3大バンタと呼んでます。あと1つは不明。伊江島とかもいい。

 比屋定バンタは久米島北東部にあり、島を周回する道路上にあるので観光客なら誰もが行く定番の場所です。200メートルの断崖絶壁に面するこの展望台からは、天気がよいと渡名喜島・慶良間諸島・粟国島など、最高のロケーションを楽しめます。で、オイラが行った時は最高に晴れていました(てゆーか、晴れた日を選んでいったからなんだけど)。

a0007869_13252619.jpg

全体の位置関係はこんな感じ。

a0007869_13261981.jpg

比屋定バンタから見た「はての浜」(はての浜については明日取り上げます)縮小しちゃって見にくいけど、左奥に渡名喜島、右奥に慶良間諸島が見える。沖縄本島は慶良間諸島の奥にあって、久米島とは90キロ近くの距離がある。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-21 13:31 | 沖縄の風景

MotoGP玉田2勝目!…よりkawasaki23年ぶり表彰台


 MotoGP世界選手権シリーズ第12戦日本GPもてぎで、玉田が見事に2勝目。スタート直後のクラッシュで6台がいきなりリタイアするなど、激しい展開の中、ロッシを振り切っての優勝に、実力は本物かなと…。

 試合後のインタビューでロッシは「玉田は最高の走りだった」としつつも、「マシンが安定してなかったから、2位につけるのを最優先したんだよ」と、俺は本気じゃないぜ、みたいなことを言ってたのが気になります(^_^;まさか、日本GPだからと言ってヤマハなんぞに遠慮したのか!!!
(TДT;,とか邪推してみたり。

 それよか、復帰2年目のkawasakiが、白煙こぼしつつも3位でフィニッシュ。何と23年ぶり表彰台に上ったのだ!日本全国300万人(俺の勝手な推定)のカワサキユーザーの喜びが目に浮かびます。ちなみに地元紙のスポーツ欄には、モトGPの記事がまったく取り上げられてないんですけど…。ちなみにトップは「かりゆし北九州下す」でした。え~。
 最近、分かりにくいネタですみません。このブログの読んでくださってる方と接点がない記事ばかりで。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-21 01:21 | 日々記

久米島に行ってきた1ブルースカイ編

a0007869_322453.jpg


 久米島に行ってきました。今年は台風が多い。先週末もその前の週も台風が来て、久米島行きを断念しました。このままだと行けなくなるんじゃないの?そんな一抹の不安を抱えつつ過ごしていたある日、テレビのローカルニュースから「ぐずついたお天気が続いていましたが、明日からようやくいい天気に恵まれそうです云々…」とのアナウンサーの声。まさに「ただいまがその時!」と、三島由紀夫じゃないけど、そんな感じの勢いで、3点セットをかばんにぶちこんで翌朝とまりんに直行。高速船ブルースカイに乗って、一路久米島へと向かいました。

 沖縄は結構旅行していて、大東諸島とか何度もあちこち船に乗っていたので、船にはそんなに弱くないと思っていたけど、今回の船は過去最強にやばかった。とまりんを出港してすぐに、断続的かつ不規則な揺れが襲ってきて、前日の寝不足もたたり、いきなりやばくなった。多分寝不足のせいで、自分だけが気持ち悪いんだろう、と思って我慢していたら、出港1時間を前にして、後方の席から「うゎぇ~」という声とともに嘔吐する人が。その声をきっかけに、船中のあちこちでもらいゲロする人が続出。出港1時間を過ぎたあたりから船内は地獄絵図と化しました。これはヤバイ、と思い一緒に行った相方がたまらずトイレに行くと、既にそこには人がいっぱい、間に合わずに床に出してしまった人がたくさんいて、そこら中がゲロまみれになっていたとのこと。トイレに行かなくてよかった。で、高速船だから船内は外から施錠されていて、デッキに出ることも出来ずま、ひどい2時間を過ごしましたとさw

a0007869_331341.jpg
はての浜は本当に絵葉書に出てきそうな空間だった。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-19 03:09 | 沖縄の風景

730-ナナサンマル

 今日は沖縄路線バスドットコム「ありがとう26年。
730車(いすゞBU04:シルバーアロー)引退ツアー」
という記事を読んで感動して涙しそうになった。

 えー、こんな書き出しをしても意味不明だと思うので、いきなり補足説明を。沖縄県は第二次大戦後、アメリカの占領下にあったため、道路は右側通行だったわけです。そのため、バスの乗降口は当然右側になければまずいわけで、勿論そのようになっていました。で、沖縄が日本に復帰する時は色んな混乱が予想されたため、交通法規をいきなり変更して、沖縄を日本と同じ左側通行にすることは出来なかったわけですよ。沖縄が日本に復帰する時には「沖縄復帰特別措置法」で、ありとあらゆる例外が沖縄にだけ認められていたんですね。

 その米軍統治時代の名残であった右側通行が、日本本土と同じく左側通行に切り替わったのが、昭和53年7月30日だったのさ。今まで右側通行であったものが、7月30日午前0時を境に突如として左側通行になるわけで、大変な混乱が予想されました。そのため当日は応援の警察官も本土から大勢やってきました。このイベントのことを730(ナナサンマル)とよんでいます。で、その甲斐あって混乱は予想の範囲内に収まったのだけれど、大変なのはバスでした。

 前日まで右側についているバスの乗降口をを、いきなり左側になんかできっこない。すったもんだがあった挙句、何と当時のバス会社は保有車両の多くを手放し、新車を購入することにしたのです。で、その時にバス会社が購入した左側に乗降口がある新車のバスを730車(ナナサンマルシャ)と呼び、あれから26年経った現在でも沖縄の街を走っているわけですよ。都バスや首都圏の私鉄バスなら6年で減価償却を終え、転売してしまうというのに、沖縄では何と26年以上も走り続けているわけです。何とも感動的な話ではありませんか。しかし、もっとも730車の保有台数が多かった那覇交通が破産し、後を引き継いだ那覇バスでは、順次この730車を廃車にしていく方針とのことです。これも時代の趨勢で仕方のないことですね。30年を迎えるくらいまでは現役で頑張ってほしいなぁとか勝手に思ったりもします。高校時代、毎日通学で使っていた京王電鉄の5000系が現役を退いた時と同じ感じです。(まだオイラの高校がある高幡不動駅で見ることが出来る)これだけでも涙腺が緩むのにもかかわらず、何と今回は、730車を1台借り切って、今はなき那覇交通102番普天間空港線(98年秋廃線)を走らせるというのだからマニア垂涎です。(ちなみに102番普天間西原線とは異なる。こちらは今年になって廃線)この路線は空港と琉大を直で結ぶ唯一の路線。しかも琉大病院から坂田に抜ける際に、97番はキリ短前の広い道を下っていくのに対して、こっちは病院から旧道方面、県埋蔵文化財センターの前を真っ直ぐ下って、あの狭い桃原の旧道を抜けていくんですよ!!!こいつはヤバイ。是非、リンク先を見てね。

 今日の記事わからなかくても泣かない。
a0007869_6151523.jpg

これが102番線。並ぶとカコイイ!
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-18 20:33 | 沖縄小咄。

ティンクティンク。


 沖縄限定で放送されている、FOMAのCMに出演している2人組がティンクティンク。どっちがティンクでどっちがティンク?とか、意味わからんことは置いといて、あのCMが最近耳から離れないです。ヤバイ。それどころか、台所で口づさんでいたりするからクセモノです。
 さーちー(25)とあずさー(23)は、98年にオーディションで選ばれてりんけんバンドの照屋林賢プロデュースでデビュー。あずさーのおでこが出てるからデコメールなのか!?、とドコモの携帯に疎いから思ってたけどそうじゃなかったのね…。

 それにしても照屋林賢は、何がしたかったのかなー。彼のサイトを見るとティンクティンク(tinktink)以外にも、ジェミニ(gemini)だの、りんけんバンドジュニアだの、色々プロデュースしてるのね。単なるアイドル路線を突っ走っているわけではなさそうなので、つんく♂さんとは路線が違うのだろうけど、ジュニアあたりはアイドル路線なのか?ネーネーズもなんだか増殖してるし、最近は色んなのがあるんだなぁと。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-18 02:06 | 沖縄小咄。

ブログの検索

ほりえもんのライブドア。ライブドアブログのトップページにある「Blog検索」がとっても便利。おもろいわ。こんな切り口があるのかー、とか、こんな人取り上げてるよ、みたいなのがあって笑えます。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-13 02:18 | 日々記

普天間飛行場返還を求める宜野湾市民大会開催、の巻

『沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落に抗議し、普天間飛行場の早期返還を求める宜野湾市民大会』開催…って、随分と長い正式名称だな。
すげぇ人の波。
プロ市民もたくさんいて色んなビラ配ってたけど、一般市民の数に驚かされます。市街地の真ん中にあるんだもん、危ないよ。市街地のど真ん中にある基地の撤去を住民が求めるのは当然のことだなぁと思われ。そういうオイラも宜野湾住民。某党の女性衆院議員が基地反対の横断幕の前で「綺麗に写真撮ってね」とか場の空気を読めず、にこやかに写真撮影してるのに、周辺にいた人呆然。あの~、今何の集会中だか分かってます?こんな人たちが護憲云々言ってても説得力ないよね。
a0007869_23283018.jpg


 普天間基地の滑走路の先には住宅地が広がっている。こんな所に置いとくのは危険。写真左奥の海上には慶良間諸島がはっきりと浮かび上がる。オイラは明日から潜りに行って来ます。
a0007869_23314243.jpg

[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-12 16:45 | 沖縄小咄。

沖縄国際大学、米軍ヘリCH53墜落事故まとめページ。

事件の概要

2004年8月13日14時20分頃 沖縄国際大学本館(1号館)に普天間基地所属の米軍大型輸送機CH53ヘリコプターが墜落。

論点

在日米軍地位協定(日米地位協定)→私有地を封鎖した、日本側の捜査権など
放射能汚染→放射性物質が積載、劣化ウラン弾の有無、住民の健康など

まとめサイト

「琉球新報 米軍ヘリ沖国大墜落ニュース特集」まとまってる
「沖縄タイムス 米軍ヘリ墜落」ちょっと見にくい
「朝日新聞 MYTOWN沖縄米軍ヘリ墜落事故」全国紙
「Yahoo!JAPAN 沖縄米軍ヘリ墜落事故」ヤフーニュース
「緊急特集 沖国大ヘリ墜落事故」事故当時、1号館に潜入した貴重な映像

「琉大ちゃんねる 米軍ヘリ墜落事故写真集」事故直後の写真が豊富
「写道部 沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落を中心に」琉大生。写真が豊富
「宜野湾市 沖縄国際大学構内への米軍ヘリ墜落事故について」

「米軍ヘリ墜落事件に関する情報」沖国大広報課
「沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事故学生対策委員会」沖国大学生会中心
「沖国大ヘリ墜落事件情報ネットワーク」沖国大総合文化学部

※ヘリが事故を起こした沖縄国際大学は、教職員・学部・学生がそれぞれ独自にサイトを作っている。多分、上の広報課のが本家だと思う。
[PR]
by ryuuuuta | 2004-09-09 01:14 | 沖縄小咄。