沖縄→∞。

730-ナナサンマル

 今日は沖縄路線バスドットコム「ありがとう26年。
730車(いすゞBU04:シルバーアロー)引退ツアー」
という記事を読んで感動して涙しそうになった。

 えー、こんな書き出しをしても意味不明だと思うので、いきなり補足説明を。沖縄県は第二次大戦後、アメリカの占領下にあったため、道路は右側通行だったわけです。そのため、バスの乗降口は当然右側になければまずいわけで、勿論そのようになっていました。で、沖縄が日本に復帰する時は色んな混乱が予想されたため、交通法規をいきなり変更して、沖縄を日本と同じ左側通行にすることは出来なかったわけですよ。沖縄が日本に復帰する時には「沖縄復帰特別措置法」で、ありとあらゆる例外が沖縄にだけ認められていたんですね。

 その米軍統治時代の名残であった右側通行が、日本本土と同じく左側通行に切り替わったのが、昭和53年7月30日だったのさ。今まで右側通行であったものが、7月30日午前0時を境に突如として左側通行になるわけで、大変な混乱が予想されました。そのため当日は応援の警察官も本土から大勢やってきました。このイベントのことを730(ナナサンマル)とよんでいます。で、その甲斐あって混乱は予想の範囲内に収まったのだけれど、大変なのはバスでした。

 前日まで右側についているバスの乗降口をを、いきなり左側になんかできっこない。すったもんだがあった挙句、何と当時のバス会社は保有車両の多くを手放し、新車を購入することにしたのです。で、その時にバス会社が購入した左側に乗降口がある新車のバスを730車(ナナサンマルシャ)と呼び、あれから26年経った現在でも沖縄の街を走っているわけですよ。都バスや首都圏の私鉄バスなら6年で減価償却を終え、転売してしまうというのに、沖縄では何と26年以上も走り続けているわけです。何とも感動的な話ではありませんか。しかし、もっとも730車の保有台数が多かった那覇交通が破産し、後を引き継いだ那覇バスでは、順次この730車を廃車にしていく方針とのことです。これも時代の趨勢で仕方のないことですね。30年を迎えるくらいまでは現役で頑張ってほしいなぁとか勝手に思ったりもします。高校時代、毎日通学で使っていた京王電鉄の5000系が現役を退いた時と同じ感じです。(まだオイラの高校がある高幡不動駅で見ることが出来る)これだけでも涙腺が緩むのにもかかわらず、何と今回は、730車を1台借り切って、今はなき那覇交通102番普天間空港線(98年秋廃線)を走らせるというのだからマニア垂涎です。(ちなみに102番普天間西原線とは異なる。こちらは今年になって廃線)この路線は空港と琉大を直で結ぶ唯一の路線。しかも琉大病院から坂田に抜ける際に、97番はキリ短前の広い道を下っていくのに対して、こっちは病院から旧道方面、県埋蔵文化財センターの前を真っ直ぐ下って、あの狭い桃原の旧道を抜けていくんですよ!!!こいつはヤバイ。是非、リンク先を見てね。

 今日の記事わからなかくても泣かない。
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これが102番線。並ぶとカコイイ!
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by ryuuuuta | 2004-09-18 20:33 | 沖縄小咄。